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原発賠償の追加費用、国民負担に 経産省案  朝日新聞デジタル 11/12(土) 8:22配信

国民に原子力の危険を伝えず、

発電のシステムを選ばせることもなく

事故が起こり生じた負債をすべて結局、

国民に背負わせる…

 

いつからこの国は専制君主的な民主主義を手放したのだろうか?

原発賠償の追加費用、国民負担に 経産省
朝日新聞デジタル
 11/12(土) 8:22配信


 経済産業省は11日、東京電力福島第一原発事故の被害者に払っている賠償費について、新たに発生した費用の一部をより多くの国民に負担してもらう制度案を有識者会議に示した。大手電力に払う送電線使用料に上乗せする手法で、廃炉費についても同様の議論が進んでいる。年内に固め、来年の通常国会での法案提出をめざしている。

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 経産省はこれまで、福島事故をめぐる費用を総額11兆円(廃炉費など2兆円、賠償費など9兆円)と見積もり、うち賠償費に限ると5・4兆円と見込んでいた。お金は国が出資する「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が一時的に立て替え、東電を通じて被害者に支払われている。あとで東電と大手電力が、利用者から集めた電気代などから返す仕組みだ。

 だが、経産省の内部資料によると福島事故の賠償費は約3兆円、廃炉費は約4兆円膨らみそうだ。このため、会議は新たな追加費用をだれにどう負担してもらうか議論をしてきた。

まず、今まで嘘をついていたことを謝罪しなければ経産省の提案に納得するこくみんはいないのではないだろうか?

 

東京電力福島第一原子力発電所のことは、2011年3月11日の東日本大震災における大津波被災での事故以降、何らか報道されなかった日はない。

今年9月16日のテレビ朝日・ANNニュースでは、「"国民負担"8兆円超を検討 原発の廃炉・賠償で」と題する報道が放送された。趣旨は次のようなもの。

--- 政府は、原発廃炉費用などのために新たに8兆円余りを利用者に負担させる
--- 福島第一原発廃炉4兆円、賠償3兆円、今後の廃炉費用不足分として1.3兆円
--- 標準家庭では毎月60円から180円の値上げが想定
--- 今後費用が足りなくなれば上乗せができるよう法改正へ
--- 原発が安いというのは嘘だった、という批判は避けられそうにない

この"8兆円"という数字は巨額。だが既に、それ以上の負担を我々国民は強いられてきた。

震災による福島第一原発事故以来、日本国内の原発は、定期検査などで停止した後、殆ど再稼働していない。だから、原発停止分の発電電力量を火力発電の焚き増しにより大方代替してきたのだが、その分の追加燃料費は2011年度から2015年度までで14.4兆円にも上っている(資料1、資料2)。

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あの事故による経済社会的な衝撃を考えれば、日本の政治や行政が福島第一原発以外の原発再稼働に関して過敏なくらいに慎重な姿勢になっている気持ちは理解できなくもない。

今の政府方針は、『新規制基準に合格したと原子力規制委員会が認めたものに限って再稼働させる』というものだが、一応、国民全体に浸透した感じもある。

しかし、これは実は異常な規制運用。

今の日本では、九州電力川内原発1・2号機や四国電力伊方原発3号機など一部を除き、いわば"原発全基停止"のまま。(更に、関西電力・高浜原発3・4号機は、いったん再稼働したのだが、地方裁判所の仮処分などにより再度停止。この司法判断に関する評価は別途の場でする。)

因みに、川内原発を巡って最近、"珍事"が起こった。

今年7月10日の鹿児島知事選で当選した現・三反園訓知事が九電に対して川内原発の即時停止などを求めたのだ。時系列的に追ってみると、
①8月26日、三反園知事は、九電・瓜生道明社長に川内原発を即時停止・再点検し、避難計画に支援することを要請、
②9月5日、瓜生社長は、即時停止の拒否、特別点検の実施、避難用福祉車両の十数台の追加配備などを盛り込んだ回答書を提出、
③9月7日、三反園知事は、瓜生社長に再要請、
④9月9日、瓜生社長は、即時停止の拒否、特別点検の実施、避難対策の強化(避難道路に繋がるアクセス道路の改善や、30キロメートル圏内の要支援者避難用の福祉車両を更に十数台追加配備することなど)を回答、
⑤三反園知事は、この対応を評価し、再々要請は行わない模様。

三反園知事のこうした行動は、反原発勢力の人々に過剰な期待を抱かせた後、結局は落胆させただけではないのか。

案の定、"即時停止"を強制することはできなかった。知事には原発を稼働させたり、停止させたりする権限はない。また、原発は安価安定な電気を大量に供給する電源であり、その停止は、電力会社の経営に痛手というよりは、地域や消費者に取って経済的にも社会的にも大きな痛手となることの方が深刻となる。

いずれにせよ、今回の三反園知事の行動は、原発問題が、権限のない政治家の政治パフォーマンスとして利用されやすいものであることが改めて浮き彫りにしたものと言える。

話を戻す。原発事故経験の先輩格である米国(1979年3月、TMI原発事故)や旧ソビエト(1986年4月、チェルノブイリ原発事故)では、事故炉の処理と並行しながら、事故炉以来の原発は通常稼働を継続してきた。

日本の"原発全基停止"は、米ソ両国の原発事故後の安全対策に関する政策運営の経験からしても、異常極まりないことなのだ。

火力発電所で事故が起こっても、他の火力発電所が停止に追い込まれることはないし、再稼働するのに直ちに大きな条件を課させることもない。航空機事故が起こっても、他の航空便が欠航することはない。

交通事故が起こっても、車を運転するな!とはならない。もちろん、事故を踏まえた規制強化への対応は必須だが、それには何年かの猶予期間が必ず設定される。

こうした国際的にも常識的な規制運用を採ろうとしない日本政府。不安を煽り続けるマスコミ報道に翻弄されながら、昨年度までで既に14.4兆円もの国富が流出してしまった。

冒頭のテレビ朝日もそうだが、多くのマスコミには、こうした事実を積極的に報じようという姿勢は見られない。与野党の殆どの国会議員も同じ。日本全体が、"発電するのは危険、停止していれば安全"との根拠のない呪縛に囚われている。

米ソ両国の前例と同じような政策運営をしていれば、14.4兆円の国富流出はなかった。冒頭の報道にある"国民負担8兆円超"があるとしても、2015年度末までだけでも6兆円以上の国富流出が防げていた。

"原発が安いというのは嘘だった、という批判は避けられそうにない"などという言い方は、マスコミがしばしば使うフレーズの典型。だが、日本政府が国際的にも常識的規制運用さえしていれば、『原発が安いというのは嘘ではなく、真だった』となる。数字は嘘をつかない。

ところで、福島第一原発事故は、発電中の事故ではなく、停止中の事故である。この事実を認識している人は、果たしてどれほどいるだろうか?

あの震災の日、福島第一原発(全6基)では、1~3号機は運転中、4~6号機は定期検査のため停止中だったが、14時46分に発生した大地震を受けて運転中の3基は全て自動停止。その後、非常用ディーゼル発電機が起動し、原子炉の安全維持に必要な電源が確保されたが、更にその後に襲来した大津波によって1~4号機へ供給する冷却電源を喪失し、冷却機能が失われた。

これにより原子炉の圧力容器内の水は蒸発し続け、水面から露出した燃料棒の表面温度が放射線エネルギーの熱変換で生じた崩壊熱により上昇したため、燃料棒の表面が圧力容器内の水蒸気と反応して大量の水素が発生。格納容器の損傷部から漏れ出た水素は、原子炉建屋上部にたまり、何らかの原因により引火して1号機、3号機、4号機がそれぞれ水素と酸素が急激に反応して爆発的な燃焼を起こす水素爆発を起こした。
 
これが福島第一原発事故の一連の顛末。福島第一原発は被災プラントであり、致命的な破損をした1~4号機だけでなく、軽微な破損だけだった5号機と6号機も、発電を再開することなく廃炉が決まった。福島県の地元感情などを考えれば、仕方ないことかもしれない。

安倍晋三自民党現政権は、「いかなる事情よりも安全性を最優先し、原子力規制委員会によって新規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原発の再稼働を進める」とし、再稼働に当たっては「国も前面に立ち、立地自治体などの関係者の理解と協力を得るよう」取り組む方針を示している。

問題は、再稼働について「原子力規制委員会によって新規制基準に適合すると認められた場合」に限っていること。これが、今の日本社会への多大な実害となって現れている。福島第一原発事故の教訓は、冷却電源喪失による核燃料の安全管理面での機能不全。稼働中だろうと停止中だろうと、核燃料の安全管理に万全な対策をとることが福島第一原発事故の最大の教訓であり、発電を停止させ続けることが安全維持に資するわけではない。

私は過日、米国の原子力規制委の委員長経験者ら3人と個別に懇談する機会を得た。その際、彼らは日本が福島第一原発事故後に国内原発を全基停止したことや、新規制基準の全てに適合していなければ発電再開を許していないことに大きな疑念を示しながら、早期の発電再開を強く進言してきた。曰く、次の通り。

原発の安全とは、停止状態によって得られるものではなく、稼働しながらそのスキル、ノウハウを身に着けるものだ。
1979年にTMI原発事故を経験した米国も、86年にチェルノブイリ原発事故を経験した旧ソ連も、当時国内の他の原発は通常通りに稼働させていたのだが、日本はなぜ事故を起こしていない原発まで停止させているのか?

原発は、自分の始末に要する資金を自分でためる長期事業なのだ。徒らに停止させ続けることで、原子力技術者の人材が育たなくなる方が、将来的な安全性の確保に支障を及ぼす。原子力安全は、廃炉が完了するまで確保されなければならない。

そこで一つ提案をしておきたい。政治的にはそう簡単ではないかもしれないが、技術的には発電再開が十分に見込める福島第二原発柏崎刈羽原発に係る今後の活用方法を考えたい。それは、福島第二原発柏崎刈羽原発をフル活用することにより生じる収益を、福島を始めとして全国的に還元すること。

端的に言えば、福島第二原発廃炉までの間、全4基のフル稼働により年間最大5000億円程度の収益を生み出す。柏崎刈羽原発(1〜7号機の全7基)について、同様の試算をすると、年間最大1兆円程度の収益を生み出す。

これらの収益分については、将来の廃炉費用に充てる分の他に、
(1)福島第一原発廃炉や汚染水対策、
(2)福島県内の再エネ関連投資費用や再エネ賦課金の肩代わり費用、
(3)福島県内の電気料金値下げ原資
などに優先的に活用すれば、福島支援にも大きく貢献できるはず。

原発を正しくやめるためには、円滑な廃炉や地域への貢献を進めていく上で必要なヒト・モノ・カネを周到に準備することが不可欠だ。

万が一の事故に対する地域住民の避難計画の早期策定や、過酷事故時の的確な国家賠償制度の創設に関する検討と並行して、
(1)新規制基準の適用に5~10年程度の適切な猶予期間を設け、
(2)原子力規制委の審査前であっても審査中であっても、早期の発電再開を容認することにより、
(3)安全投資のための資金を原発事業でしっかりと確保させながら、
(4)将来必ず行うべき円滑な廃炉による安全な脱原発へと軌道を回復させていくこと

が緊要である。

少子高齢化に伴う社会保障コスト増に対応するための消費増税(8%→10%)は、年間5.2兆円の国民負担増。これについては、増税延期を掲げた安倍政権・与党が先の参院選で大勝した。つまり、国民は年間5.2兆円の負担増を嫌い、あっさり否定した。

ところが、原発停止で必要な追加燃料費の年間3兆円前後で、それに再エネ普及費を含めると、既に年間5兆円を超えるエネルギーコスト負担増となっている。

だが、これについては、国会筋からも、政府筋からも、マスコミ筋からも、今も殆ど反対の声は聞こえてこない。震災以降の日本国内では、国民どうしが原発賛否を巡って"巨額な消耗戦"を繰り広げているようなものだ。

そんな状況をいったいいつまで続けようというのか?

原発に関しては、安全に使い切るまで利用し続けることが、結局は安価で安全に上がるのだ。v

 

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